衛星開発ゼミ

WEEK 6

宇宙開発と
システムズ
エンジニアリング

模擬衛星のミッション要求と宇宙機の制約を理解し、その開発プロセスを導く

テーマ要求と制約から、開発プロセスが決まる
目的①模擬衛星と本物の宇宙開発のつながりをつかむ
目的②宇宙機を根拠をもって開発するプロセスを学ぶ

アストロキャンプ2026 / 衛星開発ゼミ

糸で吊り下げた模擬衛星の実機。1軸で姿勢を制御し、対象を撮影して地上へ送る

0.1 前回までの復習

第1段階:要素技術という手札をそろえた

WEEK 1マイコン数値の読み書きという基本原理を知り、原理に基づいて設計の手札を広げる姿勢を学んだ
WEEK 2ハードウェア間通信UART・SPI・I2C など、機器どうしをつなぐ通信の型を学んだ
WEEK 3センサとの通信とデバッグセンサと実際に通信し、原理の理解に基づくデバッグの姿勢を学んだ
WEEK 4リアルタイムシステムリアルタイムシステムと状態遷移の型を知り、巨人の肩に立つ姿勢を学んだ
WEEK 5Wi-Fi通信とネットワークプロトコル離れた相手とデータをやりとりする仕組みと、その約束事を学んだ
第1段階:要素技術と根拠のある設計
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング2

0.2 今回の位置づけ

第2段階:根拠のあるエンジニアリング

第2段階:根拠のあるエンジニアリング
第3段階
WEEK 6 / 今日進め方と観測の設計宇宙機の要求と制約に基づく開発プロセスと、観測の重要さまで
WEEK 7検証の仕組み化テストとシミュレーションで、誤りを人間より先に仕組みが見つける状態を作る
WEEK 8計画とマネジメントスケジュールとマージンを設計し、チームで開発を進める
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング3

1

やりたいことを実現する

ミッションは決まっている。そこから、どう作るか?

やりたいこと 対象を撮影して、
画像を手に入れる
動くもの 実装された模擬衛星システム

1.1 一般的な人工衛星のサブシステム構成

衛星は複数の系に分かれ、模擬衛星もこの区分を引き継ぐ

色付きの4系(ADCS・COMM・C&DH・Payload)を、ゼミのソフトウェア開発で扱う

  • ADCS = Attitude Determination and Control System
    姿勢を決定(推定)し、制御する系
  • C&DH = Command and Data Handling
    コマンド処理とデータ取り扱いを担う系
  • COMM = Communication
    地上局との通信を担う系
参考
復習:事前に見てもらった動画
https://www.youtube.com/watch?v=6KcV1C1Ui5s 事前学習動画のサムネイル
ミッション部 Payload
今回はカメラ
姿勢系 ADCS
姿勢を推定し制御
データ処理系 C&DH
中核の計算機 OBC が全体を統括
通信系 COMM
地上局とテレメトリ・コマンド
電源系
太陽電池+充電池/生命線
構体・熱制御系
今回は主題から外す
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング5

1.2 模擬衛星へのマッピング

実衛星の構成を、模擬衛星にあてはめて考える

模擬衛星システム構成図。センサ・アクチュエータ・通信が1つの Pico にぶら下がる サブシステムが1枚の基板にぶら下がる(TOP/MAIN 基板)
  • C&DH:Pico W(RP2040)全体を統括する計算機(OBC)
  • ADCS:ジャイロ+太陽センサ+サーボICM-42688(I2C)/フォトダイオード×4(ADC)
    /サーボ+タイヤ(PWM)
  • COMM:マイコン内蔵 Wi-Fi
    PC とテレメトリ・コマンドを送受信
  • Payload:カメラOV7675 (パラレル+I2C)
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング6

1.3 要素を知っても、衛星は作れない

システム=要素の集合+要素間の関係

要素の集合(寄せ集め)
センサ
サーボ
カメラ
無線
部品単体では動作する。
でもバラバラのままでは、ミッションを達成できない。
関係を設計
関係を持ったシステム
センサ
OBC
サーボ
カメラ
OBC
無線
サブシステムをどう組み合わせ、システムとするか。
この組み合わせ方は自明ではない。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング7

2

「やりたいこと」から出発する

まずはプロジェクトの全ての根拠の出発点を明確にする

やりたいこと 対象を撮影して、
画像を手に入れる
動くもの 実装された模擬衛星システム

2.1 「やりたいこと」を明確にする

要求・制約・要件を分けて整理する

3語は、主語も焦点も整理方法も違う。

要求:Requirements
ユーザーが実現したいこと
関連事項として発見
制約:Constraints
設計範囲外から課される条件
これらを満たす
システムを導出
要件:Specification
システムが持つ機能・性能

発展:本当はミッション要求そのものを考えるプロセスがある。このゼミでは要求はこちらから与える。

Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング9

2.2 摸擬衛星のミッション要求

太陽との相対位置が既知の天体の画像を取得する

  • 要求は「やりたいこと」だけ。どうやって実現するか(姿勢制御方法・通信手段)は書かれていない
  • 主語はユーザー。「人間が」画像を見たい。主語は衛星ではない。
黒紙で囲った宇宙空間。吊り下げた模擬衛星、スマホの光源(太陽)、天体模型(撮影対象) 「宇宙空間」の中で対象の画像を取得する
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング10

2.3 根本の「要求」も設計する

成功の定義を、先に段階で決めておく

0 か 100 か

成功
全部できた
失敗
1つでも欠けた

これでは開発にあたって優先順位がつけられない。

サクセスクライテリア(3段)

エクストラサクセス: 余剰リソースを活用して狙う計画的ボーナス
フルサクセス: 本来の要求仕様を完遂する本来のゴール
ミニマムサクセス: プロジェクトの価値が存在する絶対死守ライン
エクストラ:「肥大化(=無駄な開発)」を防ぐ天井
ミニマム:「全損(=プロジェクト失敗)」を防ぐ
これを事前に合意してプロジェクトを進めることが重要
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング11

2.4 3段階の中身

サクセスクライテリアはレベルの高低だけでなく、範囲を絞るイメージ

上位の段は下位を包含する(フルはミニマムを、エクストラはフルを含む)ことで、
やる/やらない の範囲を状況に応じて選択できる(スコープ管理)。

EXTRA
追従・連続運用
移動する目標への追従、複数パスの安定運用など。定義は各チーム
FULL
制御+撮影+画像送信
姿勢を制御して目標を向き、対象を撮影し、画像を送る(要求の達成)
MINIMUM
姿勢推定+テレメトリ
地上から状態が見える=全運用の最低条件
後で回収なぜこれが模擬衛星のミニマムサクセスとして適切か?
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング12

2.5 ミッションの要求が決まった後

要求・制約・要件を具体化する

区分
なぜ、どうやって具体化する?
要求
ミッションの軸は自明でも、
関連する要求を見落としていないか「考える」
機体の状態を把握する/対象の画像を手に入れる
制約
プロジェクトとシステムの置かれる状況により決まっているが、自分たちで「発見する」
ハードは設計済み/電波だけ届く
要件
要求(やりたいこと)と制約(置かれた状況)から、自分たちで「導出する」
どう姿勢を推定・制御し、どんなデータをどう送るか
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング13

2.6 要件を洗い出す道具

ミッションシーケンスへ具体化すると、要件が見える

地上局
模擬衛星
カメラ
① 目標の天体位置をアップリンク
② 姿勢を推定
③ 目標方向へ指向
④ 撮影
⑤ 画像をダウンリンク

各ステップが要件の問いを生む(「静定した」と言える条件は? 画像はどう分割する?)。完成した要件一覧は、皆さんが洗い出す。

Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング14

3

「やりたいこと」を実現するプロセス

要求と制約
要件
設計・実装
完成・運用開始?

「やりたい​​こと」に​​基づいて​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​進めば、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​根拠が​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​地続きのまま​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​運用まで​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​行けるはず。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​
しかし、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​一度でも​​​​​​​​​​​​​​​​​​​間​違った​​​​​​​​​​​​​​​​​​​設計・​実装を​​​​​​​​​​​​​​​​​​​すると​​​​​​​​​​​​​​​​​​​最後に​​​​​​​​​​​​​​​​​​​破綻してしまう。

3.1 トレーサビリティ

設計・​実装した​​​​​ものと、​​​​​「やりたい​​​​​こと」との​​​​​整合を​​​​​確認する

要求・要件にもと​​​​​​づき設計・​実装した後、​​​​​​本当に​​​​​​その​​​​​​通りできているか​​​​​​確認する。​​​​​​
開発の​​​​​​プロセス全てが​​​​​​根拠で​​​​​​繋がっている​​​​​​こと​​​​​​(トレーサビリティ)が​​​​​​重要。

正しいシステムを作っているか:Validation
正しくシステムを作っているか:Verification
要求
要件
設計・実装
検証
運用
要求に合っているか:正しいシステムを作っているか要求=システムを使ってユーザーがしたいこと
要件に合っているか:正しくシステムを作っているか要件=システムができること
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング16

3.2 V字モデル

一直線を折り曲げてレイヤーを対応させる

設計:抽象 → 具体(下る)
運用・検証:具体 → 全体(上る)
Validation
Verification
Verification
Verification
ミッション要求
要件定義
基本設計
詳細設計
運用
システム試験
結合試験
単体試験
実装
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング17

3.3 もし整合しなかったら

後半で問題が見つかるほど、手戻りは大きい

最後の運用で見つかった問題は、最初の要件定義のミスが原因。やり直しが大変。

Validation
Verification
Verification
Verification
ミッション要求
要件定義
基本設計
詳細設計
×運用
システム試験
結合試験
単体試験
実装
×ここが整合していなかった
地上局が使いづらかった
模擬衛星のシステムは正しく実装された
地上局の要件定義がなかったのが問題

※ レイヤーごとの対応は、試験↔その根拠であり、試験の対象は常に完成した実装

Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング18

3.4 対策1:真面目にステップを踏む

工程の節目ごとに、審査(デザインレビュー)を挟む

最初は試験の手段がないから、考え抜くしかない
次のフェーズに進んでよいか(Go / No-Go)を審査・決定する会を設ける。
発展
作るまで検証できないなんて、そんなアホなことある?
Model-Based Systems Engineering という手法がある。
少なくとも模擬衛星では、作った方が早いので省略。
要求定義
要件定義
基本設計
詳細設計
実装
MDR
Mission Definition Review
SRR
System Requirements Review
PDR
Preliminary Design Review
CDR
Critical Design Review
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング19

3.5 対策2:不整合が発覚しても修正できる土台を整備する

DRでも、設計・実装を始めてからでも、不整合に気づくことは必ずある

設計は順方向に進むが、変更は逆方向に辿って影響を洗い出してから行う。これを変更管理と呼ぶ。
このためには、まず順方向の依存関係が完全に整理されている必要がある。(トレーサビリティが重要
判断だけでなく「何を根拠にそう決めたか」が残っていることが重要。

順方向:何もないところから作る
電源への要求:電圧は○○V
電気設計:電池は単三4本
構造設計:単三4本を積む構造
逆方向:後から変更を加える(変更管理)
電源への要求:電圧は同じで変更可
電気設計:電池を単四に
構造設計:単三4本は載らない
もし、電圧ではなく容量を根拠に単三を選定していたら、この変更はできない。
根拠の書き残しが日頃からなければ、影響範囲を辿れず変更管理は破綻する。
発展
判断と、その根拠を残す記録の型
ADR(Architecture Decision Record、アーキテクチャ決定記録)。判断が覆ったときは上書きせず、新しい記録で置き換え、古い方に「置き換え済み」の印と参照を残す。審査して承認する体系には変更管理委員会(CCB)がある。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング20

3.6 対策3:「やってみなくちゃ分からない」ならやってみる

小さく一周して、周ごとに育てる

最初から「考える」のは難しい。
  • 経験が浅いと「考え抜く」ことはできない
  • 分からない/何が分からないか分からない
全部を作り切る前に小さく一周して確かめる。
  • 設計→開発→試験→運用を小さく一周
  • 完璧な一発を狙わず、早く回して育てる
1周目2周目3周目start さらに次へ 設計 開発 試験 運用 中心から外へ。周を重ねるごとに、機能と完成度が育つ。
一周の中の流れはV字と同じ。
Week 7 予告
運用前にもやってみる
小さく速い「やってみる」ループを、打ち上げの手前にいくつも回す仕組み
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング21

3.7 難しくない方を選ぶ。難しさを破壊する。

開発プロセスそのものも、設計判断の対象

小惑星探査機。事前のシミュレーションと検討を徹底する開発の例 ©JAXA
事前検討型(一点ものの探査機など)
背景:失敗する余裕がない/長期運用で、高速なフィードバックが不可
方針:運用前にシミュレーションと検討を徹底的に行う
小型衛星コンステレーション。世代を重ねて実機を反復開発する例 ©SpaceX
実機反復型(SpaceX・小型衛星ベンチャーなど)
背景:実証の回数を確保できる(コスト・スケジュール)
方針:実機で得た結果を次の反復に活かす

グラデーション:じっくり検討する​​​タイプの​​​ は​​​やぶさ にも​​​"2"が​​​ある。​​​反復型でも、実証で裏付けられた設計の根拠がある。

Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング22

4

宇宙って、なんで特別難しいの?

「極限環境」・「複雑系」・「非修理系」

4.1 極限環境である

極限環境である:放射線・熱・真空・振動

極限環境であり、それに耐えるには専門的な設計が必要。
​​​​​​​​​​放射線試験、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​熱​真​空試験、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​振動試験、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​それぞれ検証は​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​行うが、​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​非常に​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​手間が​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​かかる。

参考
復習:事前に見てもらった動画
https://www.youtube.com/watch?v=6KcV1C1Ui5s 事前学習動画のサムネイル
放射線
宇宙線が半導体を突き抜け、メモリのビット反転や突発リセット
真空・熱サイクル
日向と日陰で百度以上の温度差。真空では熱が逃げにくい
打上げ振動
ロケットの激しい加速と振動が、配線や部品を壊しうる
電源
太陽電池と充電池だけ。電力収支が崩れたら終わり
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング24

4.2 複雑なシステム

複数の領域が密に絡み合う

全てが密結合で、簡単には切り分けられない。
境界(インターフェース)を決めて整理するコストが大きい。
サブシステム単体が正常でも、統合して初めて出る問題がある。
電源系 熱制御 構造 姿勢制御 通信 ソフトウェア 地上系
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング25

4.3 離れた場所にある

修理できない、運用に入ったら触れない

アクセス(観測・介入)する手段を、後から増やせない。

地上の開発
地上でのセンサのデバッグ写真
壊れたら
  • 観測:オシロスコープ・ロジックアナライザ・デバッガなどを導入できる
  • 介入:その場で配線・コードを変えて修正できる
衛星(軌道上)
ハッブル宇宙望遠鏡の写真
壊れたら
  • 観測:電波のテレメトリだけ。完全に故障したら何も分からない。
  • 介入:ハードウェアは触れず、電波でコマンドを打つだけ
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング26

4.4 難しさの整理

ちゃんと考えるのも難しい、やって試すのも難しい

宇宙開発の特徴が、開発プロセスの各フェーズでの難しさにそれぞれ繋がる。

宇宙の特徴
ちゃんと考える難しさ
やってみて試す難しさ
模擬衛星での再現
極限環境
本質的・専門的な設計が必要
検証に手間がかかる
×環境は地上
複雑なシステム
様々な専門家との調整が必要
全部組み上げないと試験できない
エレキ/メカ/ソフト程度は絡む
非修理系
自律制御がある程度必要
通信がダメなら全損
運用ルールで再現する
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング27

4.5 開発プロセスにおける難しさ

宇宙では「やってみたけど分からなかった」が最悪

全フェーズに難しさはある。しかし「面倒」ではなく「詰む」ポイントがある。

設計 開発 試験 運用 耐環境・複雑性・信頼性を踏まえちゃんと考えるのが大変。 極限環境の試験が大変。密結合で問題も多発。 全損したら次へ活かせない
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング28

5

「やってみる」ために必要なこと

試行の価値を確保する。

やってみたら問題が起きた
何が起きたか全く分からない
次に活かせず、何も進まない
何が起きたかは分かる
その場では修理できない
まだ介入する手段がある
次では修正できる
運用中に修正できる

5.1 何が起きたか分かるためには

原因を突き止めるプロセスは地上と同じ

「観測した事実」をもとにシステムを切り分ける

地上:センサ通信トラブルの切り分け
センサの値が読めない
波形はどうなっているか?
配線・接触を疑う
設定・コードを疑う
衛星:FTA(故障の木解析)
画像が地上に届かない
撮影したログはあるか?
撮影失敗を疑う
データ送信を疑う
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング30

5.2 分析の材料を事前に用意する

宇宙機で起こったことを観測する手段の設計が重要

宇宙機のテレメトリ・通信の重要性

  • 問題発生後に観測手段を追加して確認できない。
  • 故障で動作が停止したら、内部を調査できない。
開発中
print デバッグ波形観測
いつでも中を観測できる。観測手段を追加して検証できる。
運用中
テレメトリ(唯一の観測手段)
中を覗けない。だから観測点を事前に設計する。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング31

5.3 ミッションデータと HK テレメトリ

ユーザーが欲しいデータと、そのためのシステムに必要なデータ

ミッションデータ
システムのユーザーが欲しいもの
結局、写真が撮れるのならそれだけで良い
HK(ハウスキーピング)テレメトリ
衛星の状態を知るためのデータ(運用・切り分けに使う)
電源・姿勢など機体自身の状態
模擬衛星のシステム構成。ミッションデータと機体の状態HKの両方を地上へ送る 2系統の記録を、両方とも地上へ送る
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング32

5.4 データを回収するためには

多少問題が起こっても、データは回収する。衛星を生存させる。

データを取って反復するなら当然必要。難しいミッションを一発で成功させる場合も、まずは衛星を生存させるために必要。これが全ての土台になる。

どう直し、どう介入するか
OTAコマンド体系
観測と検知の深掘り
HK の項目・頻度リミット
壊れる前に洗い出す
FMEAリスク管理
宇宙特有のトラブルから復旧する
冗長系ウォッチドッグセーフモード
今日は項目だけ、詳細は Week 6・7
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング33

6

模擬衛星にも、​​​
宇宙機と​​​同じ​​​制約を​​​かける

実衛星:物理が課す
手が届かないから、打ち上げたら触れず、電波でしか介入できない
模擬衛星:ルールとして課す
地上にあるが「運用中は覗かない、介入は電波を通してのみ」をルールにする
糸で吊り下げた模擬衛星の実機

6.1 運用ルール

打ち上げは繰り返せる、でも上げたら覗けない

  • 打ち上げ=宇宙空間へ吊るして運用。黒紙で囲った「宇宙空間」へ、衛星を吊るして運用すること
  • 何度でも打ち上げてよい。時間の許す限り(小型衛星ベンチャーのような高速イテレーション)
  • 制約①:中は覗けない。撮影した動画はゼミ終了後に閲覧可能
  • 制約②:届くのは電波だけ。観測・介入は地上局からの無線を通してのみ
黒紙で囲った宇宙空間の運用イメージ。吊り下げた模擬衛星、光源、天体模型、一軸姿勢制御
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング35

6.2 開発中は機体を回さない

機体が回るのを確かめられるのは、打ち上げの中だけ

開発中
機体は固定する(自由回転で吊るすのは禁止)
回してよいのはリアクションホイールだけ
無重力は地上で再現できない
打ち上げ
吊るして自由回転させ、姿勢を制御する
運用はテレメトリだけ(覗かない・電波だけ)
機体が実際に回るのを確かめられる唯一の場面

「開発中は回さないなら制御はどう作るのか」の手段は Week 7 で扱う。

Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング36

6.3 今週の宿題

模擬衛星の初回打ち上げに必要な機能を考える

今日のまとめ:宇宙機の要求と制約から、その開発プロセスを理解すると、衛星の生存と観測可能性が重要だと分かる。

宿題の意図:それを模擬衛星に当てはめて具体的に考えてみよう。

注意
  • 開発はチームで分担だが、全員がシステム・開発プロセス全体に対して責任を持つ
  • そのために今回の宿題は、まず自分1人でじっくり考える(AIは積極的に使用してよい)
  • 事前学習 Week 8 後のチーム内ミーティングで共有するまでは、それぞれの頭・パソコンの中で
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング37

6.4 次回予告

Week 7 検証の仕組み化

テストとシミュレーションで、誤りを人間より先に仕組みが見つける状態を作る

同じサイクルを、地上で小さく何度も回す
  • テストとシミュレーションで、誤りを先に見つける
  • 内側の周は地上で完結する。速く、何度でも回せる
  • 一番外側の周が打ち上げ。手前で回した分だけ確からしさが上がる
start 1周目 2周目 3周目 設計 運用 開発 試験 一番外側の1周=打ち上げ 大きな「やってみる」 内側の周は地上でのテスト・シミュレーション。
同じサイクルの一番外側が打ち上げ。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング38
付録・読み物

付録A この先は自分で調べる:備えの型の入口

講義が渡すのは名前と向きまで。中身と適用は自分で調べる

講義で扱う範囲 名前と向き 何のための型か。どちら向きの型か。ここまでは講義で渡した。
自分で調べる範囲 中身と適用 様式と手順、そして自分の衛星にどう当てはめるか。ここから先は各自で調べる。
注意
  • この型が自分の衛星に要るかの判断は自分でする
  • 宇宙の型をそのまま持ち込まない。模擬衛星は運用が数時間で、放射線も真空も打上げ振動もない。同じ洗い出しから残るものが違う
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング39
付録・読み物

付録B 壊れる前に洗い出す型(FMEA・リスク管理)

壊れ方から影響へ辿り、起こりやすさと影響で対応を決める

FMEA
部品や機能の壊れ方から影響へ辿る型。FTA とは逆向き。
入口は「FMEA ワークシート」「RPN」。まずは3列(壊れ方/起きること/対策または確認方法)で足りる。
リスク管理
洗い出したものを起こりやすさと影響で評価して対応を決める型
評価の根拠は感覚ではなく環境から取る。
備えないという判断も、根拠を言えるなら判断である。
FTA 問題から原因へ下る FMEA 壊れ方から影響へ上る 問題(起きてほしくないこと) 原因 原因 さらに原因 壊れ方 壊れ方 影響 ミッションへの影響 FTA と FMEA は二方向の対。問題から下るか、壊れ方から上るか。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング40
付録・読み物

付録C 異常を捕まえる型(HK テレメトリ・リミット)

起きうる壊れ方から、記録する項目と正常範囲を逆算する

HK テレメトリ
項目は起きうる壊れ方から逆算して決める
記録頻度は値の変化の速さに合わせる。常時の値は周期テレメトリ、起きた瞬間はイベントログ。
帯域と切り分け可能性のトレードオフで絞る。
リミット
各項目に正常範囲を定めて超過を見張ること。これが検知になる。
閾値は勘で置かず、要求と制約から導く。
想定する壊れ方 逆算 記録する項目 正常範囲リミット 超過=検知 周期テレメトリ常時の値 イベントログ起きた瞬間 1つの壊れ方から、それを捕まえる項目と正常範囲が逆算で決まる。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング41
付録・読み物

付録D 安全側へ逃がす型(セーフモード・ログ・介入用コマンド・FDIR)

検知・切り分け・復旧を、あらかじめ設計しておく

セーフモード
安全側に倒れた既知の状態への遷移(Week 4 の状態遷移の適用)。
何を止め、何を維持するかが設計。
ログ・介入用コマンド
ログは再起動やハングを後から説明できる形で残すこと。
介入用コマンドは地上から届く唯一の手段。
FDIR
検知・切り分け・復旧の枠組み。
環境が厳しくなれば、同じ考え方が冗長系・ウォッチドッグ・自律復旧の階層という厚い体系を要求する。
検知 切り分け 復旧 枠組みが FDIR リミット超過の見張り FTA セーフモードへの遷移 各段に対応する、模擬衛星での最小の型。
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング42
付録・読み物

付録E 覗けない相手へ手を届かせる型(OTA・コマンド体系)

届く経路は電波だけ。そこを通せるものを先に決めておく

OTA
無線経由のソフトウェア更新。
書き換えに失敗したときに戻せるかまでが設計。
コマンド体系
地上から送れる操作の定義。
定義していない操作は運用中に実行できない
何を可変にしておくか(閾値・周期・モード)が、そのまま運用中に打てる手の広さになる。
地上局 衛星 届く経路は電波だけ コマンド(介入) ソフトウェア更新(OTA) この細い経路を通せるものだけが、運用中に打てる手になる
Week 6|宇宙開発とシステムズエンジニアリング43